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彦根と、関ヶ原に行ってきました

国宝・彦根城築城400年祭のいちイベントである「佐和山一夜城復元プロジェクト」を目当てに、一泊旅行をしてまいりました。9月1日の03時に車で都内を出発して、5時間とちょっとで滋賀県に到着。
まず最初に滋賀県立安土城考古博物館を見学。琵琶湖周辺の古墳時代〜江戸時代までの文化(史跡・発掘品)が紹介されています。同じ敷地内に安土城天主 信長の館という施設もあり、こちらでは安土城の最上部(5〜6階)が原寸大で復元されているそうです。

彦根城に面したキャッスルロード(観光通り)で昼食と買い物を済ませたあと、彦根城を見学。日頃の運動不足がたたり、長い石段がかなりつらかった…。私に城勤めは無理!

彦根城天主
国宝の、彦根城天主です。
井伊直政の銅像
JR彦根駅前に建っている、彦根藩の初代藩主・井伊直政の銅像です。彦根城築城400年祭のマスコット「ひこにゃん」も、この兜をモデルにしたものを被っています。あ、ひこにゃんの特技は「正座」だそうですよ(笑)

除幕前の佐和山一夜城
18時、佐和山一夜城復元プロジェクトの会場へ移動。除幕前の、佐和山一夜城。
佐和山のふもとに建てられていて、この真下にはイベント用ステージが組まれています。

ひこにゃんとしまさこにゃん
佐和山一夜城復元プロジェクト1日めの「除幕式」が始まり、ステージ上にひこにゃんとしまさこにゃんが登場。会場には(家族連れ以外では)圧倒的に女性客の姿が多く、また、イベント中の質問に観客が挙手したところ、滋賀県内から来た人:他県から来た人の比率はほぼ1:9くらいに見えました。
しかし、約2時間のイベントの最後の除幕まで体力が持たず(普段の百倍以上歩き回ったので、私の脚はもうガクガクに〜)、肝心の除幕を見ずにホテルへ帰ってしまいました; 除幕とその後の様子は、こちらの公式ブログに紹介されています。ええと、ひこにゃんとしまさこにゃん(の中の人)…お疲れさまでございます。

佐和山一夜城
翌朝(9月2日)、改めて佐和山一夜城を撮影。全景はこんな様子です。

お土産
自宅用のお土産品の数々。これは1日めに購入したもので、翌日も同じくらいいろいろ購入してしまい…(だって、やっぱりひこにゃんって可愛いんだもん…) あ、そうそう。近江八幡名物の真っ赤なコンニャクも買いました(真っ赤でスゴイ!) これは今夜の食卓に。

龍潭寺
ところで佐和山一夜城のイベントよりもさらに本命の目的は、実はこちらにありました。
この龍潭寺は、佐和山一夜城のイベント会場のすぐ左側に。そして、佐和山への登山道は龍潭寺(りょうたんじ)と清涼寺(せいりょうじ)の二ヶ所からスタートしておりまして、山頂には「佐和山城址」があるのです。ちなみに、龍潭寺は井伊家代々の菩提寺で、清涼寺は井伊家2代藩主・直孝によって嶋左近の屋敷跡に建てられたそうな。

登山道400m地点
佐和山登山道の400mの地点です。
前日、地元の方にお尋ねしたところ「完全に未整備な道だから男性で30分、女性なら1時間以上はかかる」との事でした。…が、ほんとに未整備な本物の山道で、この場所はちょっと広めに見えますが道幅は平均50cmほど。それに小雨の中だったので滑りやすく、すべて斜面でフラットな道筋などありません。
ここには15分くらいで到着したものの、もうふくらはぎも太腿もガクガクになり、帰り(降り)の事も考えて…運動不足のワタクシめ、恥ずかしながらこの400mポイントで断念を;

佐和山城址
この頂上の佐和山城址は、夫が撮影してきてくれたもの。
400m地点で別れてから、夫は30分も経たないうちにふもとに戻ってきました。自分の体力のなさを、こんなに痛感させられた事は今までなかった…。龍潭寺付近には石田三成像があったらしいのですが、あまりの疲労に探す気力も湧かず。

このあとは彦根から東京方面へ帰ったのですが、もちろん関ヶ原歴史民俗資料館と、関ヶ原古戦場にも寄りました。

関ヶ原古戦場・決戦地
これは、関ヶ原古戦場の「決戦地」の碑で、つまり西軍の敗勢が決定的となった場所…崩れたった石田隊の最前列?なのでしょうか。ここから左側遠方には、笹尾山の石田三成陣跡への入り口が見えました。また、背後に写っている建物は関ヶ原北小学校で、恐らく嶋左近の陣のあった辺りではないかと想像したのですが…。
…で、そんな憶測を解説していたら、夫が「三成と左近はいくつくらい離れてたの?」と。なかなかよい質問ですね。答えはちょうど20歳です。すると夫が「へぇえ、20も? じゃあ左近は21歳だったのか〜」と。それもなかなかよいボケですね。

ちなみに、関ヶ原には小学校以外は特にコレといった建造物(視界をさえぎる遮蔽物)がなく、合戦場であった雰囲気が充分に残されていました。

松尾山?
石田三成陣跡から見た、松尾山…だと思います(位置関係的に多分) 松尾山は、小早川秀秋が陣をかまえた所で、矢印部分がその陣跡ではないかな…と。

石田三成陣跡
笹尾山の、石田三成陣跡の碑です。佐和山の登山に比べたらぜ〜んぜん楽勝ではございましたが、この松尾山の陣跡もずーっと斜面を登った先にあってちょっとしんどかった。

しかし、山頂にお城を建てたりとか、戦で負けた落ち武者などが山中を逃げ回る時など、山中の移動がどれほど大変なものだったかと、私はそんな想像をめぐらせてしまいました。たとえ未整備でもまだ山道があるならマシではないかな。道なき山中(斜面)の移動はほんっとーに苦しいと思いますよ…。
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author : みかん。 | comments (0) | trackbacks (0)
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