「江戸の性談―男たちの秘密」氏家幹人
2007年01月09日 (Tue) 12:05

江戸の性談―男たちの秘密
講談社/氏家 幹人
歴史・時代小説を読んでいると「衆道」に関するエピソードはわりと目に触れますし、日本史をテーマにしたTV番組でもたまに取り上げられますので(たとえば武田信玄や伊達政宗が男性に宛てたラブレターが現存している、など)、改めて正確な知識を肥やしの一つにしようかな…と、この本を手にいたしました次第です。戦国期の超有名人のうち衆道をたしまなかったのは豊臣秀吉くらい、とも言われているそうですし。
ただし、本書で扱われているのは「衆道」だけではありません。伝記・談義本・浮世絵などの資料から抜粋した江戸期の多用な性愛文化が、豊富に面白く紹介されています(…が、ぶっちゃけ私が一番興味&目的を持って読んだ部分は「衆道」でっす^^;)
さて。江戸期の風俗産業(色子とか陰間とか)はともかく、武士同士の「衆道」って妻子があってさえも同性の精神的夫婦?に近い関係を求めた…というものらしく、しかも私が思っていた以上にナショナルレベルのノーマル文化だった事に驚きました。また基本的に「衆道」は、若い方の相方の元服が済むと性的関係はそこで終了とし、以降は精神的な絆のみとするのが正しい作法であったそうな。う〜ん…元服後は相手も家庭を持つから、でしょうかね? 武家はなにをさて置いても「家筋」を残さなくてはなりませんから。
思いますに、戦場に最愛の女性(妻や側室)を伴ってゆくワケにはゆかないし、リアルな死と隣り合わせた環境下にあって精神的に支えあえる相手を…という切実な目的が基なのでしょうか。それに主従が顔を突き合わせている時間は、奥方よりもはるかに長く(一生涯そのもの)親密なものだったでしょうし。…とか精一杯に好意的解釈をしてみても、戦のなくなった江戸期においても身分を問わず「男色」文化が継続したのは何故なのか、あと仏門でも男性同士なら情交が許されちゃうのも何故なのか、女の私にはそこが理解しきれませんですが…。
ともかく近代以前までの日本史における男性同士の性愛が断罪されるものではなかったという事だけは、よ〜くよ〜く分かりました。分かりましたけど、それでも性同一性障害かあるいは男性しか愛せない男性(←ここまでは理解出来ますよ!)ではない両刀の「衆道」やら「男色」が、ここまでナショナルレベルで普通の事だったなんて…。どうなんですか、男性の皆さん;






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