「長宗我部元親」+「戦雲の夢」
2006年11月08日 (Wed) 07:20

長宗我部元親
学陽書房/宮地 佐一郎
安土桃山(戦国)時代の流れはおおよそ把握しているものの、長宗我部家について詳しく知らなかったのでこの本を手に取りました。
そもそもこの「長宗我部」という長い苗字を不思議に思っていたら、祖先が土佐の長岡郡宗我部郷に移り住んだ際、香美郡宗我部郷にも宗我部という家があったので、それぞれ長宗我部と香宗我部(カソカベ)と名乗るようになったそうです(三國志・諸葛亮の2文字姓と同じ由来なんですね)
本書の前半(第一部)は様々な史料を基に、長宗我部家の興り〜元親の生涯・人物像を非常に詳しく解説。後半(第二部)には「放鶴絵図」「闘鶏絵図」「落武者」という3つの短編小説が収録されています。長宗我部家の歴史についてはこの1冊でバッチリです。

新装版 戦雲の夢
講談社/司馬 遼太郎
続いて読んだのはこちら。元親の子で、長宗我部家の最後の当主となった盛親の物語。
関ヶ原で西軍に与して改易、京で監視下の牢人として過ごし、大阪ノ陣の西軍に参加したのち処刑されて断絶するに至ります。盛親の牢人生活シーンと、敵味方に別れてしまった元主従の対面シーンには何度か泣かされました。互いの心境がつら過ぎる〜;
しかしこの時代に改易させられた大名家は多々あれど、関ヶ原で西軍にはばまれて東軍に味方出来なかった長宗我部は改易となり、西軍の警戒線をかいくぐった山内家(一豊)がのちにその土佐藩主になるとは…事実は小説より奇なりとはまさにこの事かと。
ところでその土佐藩といえば…長い余談で恐縮ですが、私は真っ先に土佐藩独特の郷士に対する悪習ともいえる藩風と、幕末の坂本竜馬・中岡慎太郎を思わずにいられません。
郷士=下士(長宗我部侍とも呼ぶ)は長宗我部を主家としていた土佐の武家で、藩主・山内家系の武家である藩士=上士(山内侍とも呼ぶ)と異なり、たとえば下士は藩主にお目見えする権利がない、決して上士に昇格出来ない、藩政にも参加出来ない、住む場所も町人の区画、下士の家長以外の家族は雨の日でも傘をさしちゃダメ、雨でも下駄を履いちゃダメ、乗り物(駕籠)にも乗っちゃダメとか、町人同様に斬り捨て御免の対象でもあった…という徹底した差別を受けていたそうです(この時代の、斬り捨て御免って法もヒドイですけれど;)
そのため、藩祖・山内一豊の妻の内助の功がどれほど美談であってもそれは内輪の話であって「この待遇差別は人の上に立つ者としてどうなのか」と、つい私は反感を抱いてしまい…。今回この2冊を読んでますますやるせなくなったものの、ただし食わず嫌いであるのも事実なので、長宗我部家の歴史を知った今、一度くらいは山内一豊の歴史小説も読んでみようという気にはなりました。山内家に対する思惑が少しは変わるかな…?
郷士=下士(長宗我部侍とも呼ぶ)は長宗我部を主家としていた土佐の武家で、藩主・山内家系の武家である藩士=上士(山内侍とも呼ぶ)と異なり、たとえば下士は藩主にお目見えする権利がない、決して上士に昇格出来ない、藩政にも参加出来ない、住む場所も町人の区画、下士の家長以外の家族は雨の日でも傘をさしちゃダメ、雨でも下駄を履いちゃダメ、乗り物(駕籠)にも乗っちゃダメとか、町人同様に斬り捨て御免の対象でもあった…という徹底した差別を受けていたそうです(この時代の、斬り捨て御免って法もヒドイですけれど;)
そのため、藩祖・山内一豊の妻の内助の功がどれほど美談であってもそれは内輪の話であって「この待遇差別は人の上に立つ者としてどうなのか」と、つい私は反感を抱いてしまい…。今回この2冊を読んでますますやるせなくなったものの、ただし食わず嫌いであるのも事実なので、長宗我部家の歴史を知った今、一度くらいは山内一豊の歴史小説も読んでみようという気にはなりました。山内家に対する思惑が少しは変わるかな…?






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